大伸社が取り組むマーケティング領域の中でも
ユーザーの潜在ニーズを捉える調査手法「ZMET」の
米国特許取得からアドバイスをいただいている
世界的な経営学者の藤川 佳則教授の研究室へお招きいただき
DXのあり方や、これからのビジネストレンドについて
大伸社ホールディングスの代表取締役CEO 上平 泰輔がお話をうかがいました。
藤川 佳則 Yoshinori Fujikawa 一橋ビジネススクール研究科国際企業戦略専攻 教授
ハーバード・ビジネススクール研究助手、ペンシルバニア州立大学講師、オルソン・ザルトマン・アソシエイツ(コンサルティング)、一橋大学大学院国際企業戦略研究科 専任講師・准教授を経て現職へ。専門はサービス・マネジメント、マーケティング、消費者行動論。『Harvard Business Review』 (HBS Press)、 『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』(ダイヤモンド社)、『一橋ビジネスレビュー』(東洋経済新報社)、『マーケティング革新の時代』(有斐閣)、『マーケティング・ジャーナル』(日本マーケティング協会)等に執筆。訳書に、『心脳マーケティング』(ダイヤモンド社, 2005)がある。
上平 泰輔 Taisuke Uehira 株式会社大伸社 代表取締役CEO
1987年カリフォルニア州⽴⼤学ベーカースフィールド校
経営修⼠(MBA)取得後、⽇本アイ・ビー・エム株式会
社を経て、1993年に株式会社⼤伸社⼊社。
東京支社長、常務取締役、COOを経て、
2022年11月より現職。
いま、世界のリーダーに求められている
“弱い繋がりの強さ” を創り出していくチカラ。
上平泰輔)こうして直接お会いするのは10年ぶりくらいですね。弊社の役員たちは昨年も藤川先生のプログラムでお世話になり、本当にありがとうございました。DXF(デジタル・トランスフォーメーション・フォーラム)は、DXに精通した次世代経営者の育成と、それを実行する際に重要な「産業や企業の枠を超えたネットワークの構築」が体感的に学べる、とても素晴らしいプログラムですね。
藤川氏 以下敬称略)プログラムは3.5モジュール制になっていて、モジュール1が3日間、その後は3週間ごとにモジュール2と3をして、最後の半日でプレゼンテーションを行なっています。
最後のプレゼンテーションはモジュール3からひと月開けていて、この間に自社で実行するDXの実行計画を立てていただいているんです。受講者の方は事前に社内プレゼンテーションをしたうえで「経営陣からのリアクション」をもらっておく。それを持ち寄ってライブケースとして学び合おうということをやっています。ご参加いただいて、そのあと実際にDX進めていく方々にとって、すぐに役立つようにということで。
我々のプログラムで紹介する事例や、我々のネットワークで世界中のファカルティが参加して共有するようなのもある一方で、その年に集まった皆さんがどういう課題を持ってくるのか?というのを「生きた教材」にするという狙いがあります。
上平)そういえば、最終日のプレゼンテーションへのフィードバックは、参加した役員から聞いていなかったです。
藤川)それは…果たして経営陣に、聞く覚悟があるのかな(笑)
上平)覚悟(笑)確かにそうですね。
藤川)DXを社内で進めていくとなると、いろいろな抵抗があります。孤独の中でリーダーシップを発揮していかなきゃいけないプロセスです。だから、組織の外にも業界を超えたネットワークや、同志のネットワークができるということがすごく大事だと思っています。
分野が違っても業界が違っても、直面する課題には共通項がありますよね。DXFに来ていただくことで、それを共有しあって、またみんな元気になって現場に戻っていくような場にできればと。
上平)うちのメンバーも、そこはすごく喜んでいました。誰もが名前を知っているような企業が多く参加されているということも、弊社にとっては魅力でしたが…それよりも、先ほどおっしゃられたことの価値を実感していて。大体、皆さんも社内で悩まれるところは一緒なので。そこがツーカーで共有できるというのは、大きな魅力ですよね。
藤川)結局はテクノロジーの問題ではなくて人の問題なので。
「DX=CX(顧客体験)× EX(企業改革)× SX(社会変革)」というのがプログラム全体の表現なんです。DXはあくまでも手段で、大伸社さんが取り組んでいるような「今までにないカスタマーエクスペリエンスをつくる」というのが直接的なゴールになるわけです。でも、本気で今までにない顧客体験というのを創り出そうとすると、これまでの組織の中の仕事のやり方を変えないと、お客様接点の変革ってできないはずなんですよ。
上平)カスタマージャーニー全体で見たときに部門の間でうまく橋渡しができていないと、今までにない顧客体験をつくることは、やっぱり難しいでしょうね。そうすると、組織構造のあり方というのも見直さないといけないかもしれない。
藤川)あとやってみないと分からないということがすごく多いから。そういう状況では意思決定の仕方や仕事の進め方、仕事を進めていった結果をどう評価するかという評価の仕方も変えないといけませんよね。CXを本気で実現しようとすると、EX=エンタープライズトランスフォーメーションと呼んでもいいし、エンプロイー・エクスペリエンス(employee experience)と呼んでもいいと思っていて、従業員体験が根底から変わっていくとことが余儀なくされるはずなんです。
上平)だから組織の中に仲間を増やしていかないといけない。でもそれって、組織の中の仲間だけじゃなくて、組織を超えて仲間を増やしていくことがすごく大事になってきますよね。
藤川)自社の利害だけではなくて、その先にあるより大きな目的や社会への貢献みたいなものがあることによって、組織の中にも組織の外にも仲間が増えていく。DFXでは「共鳴する人が増える」と表現しています。
上平)「共鳴しあえる仲間」をいかにつくるか。
藤川)そうです。情報や人間関係を共有している度合いがものすごく強い状態が「ストロング・タイズ(strong ties)」だとすると、人間関係や情報はそれほど共有されてないんだけれども、緩やかに繋がっている状態は「ウィーク・タイズ(weak ties)」といいます。その、弱い繋がりの強さ…これは「strength of weak ties」といいますが、弱い繋がりの強さをどう活かしていくか?というのがすごく大事で。
たとえばFacebookの大規模データでも実証されているんですが、自分が感銘を受けた情報とかを人にシェアしたいなと思った時に、誰にシェアをするかというと、強い繋がりの人よりも弱い繋がりの人に共有する確率が高いんです。ゆるやかにつながっている人へ共有する確率が高いし、広がっていくスピードも速い。
そうすると、リーダーとしての仕事は、業界を超えた魅力的な取り組みの発信とか、接し方・伝え方とか、関係・繋がりのつくり方っていうのが問われるようになります。いま世界中で問われているのは、弱い繋がりの中でどう力を発揮していくか?ということだと思います。
上平)なるほど。
大伸社は8年前から6社の事業会社になっていて、アート印刷からマーケティングまでありますから、ホールディングとしてはそろそろ大きな取り組みをしたいと動き始めているんです。その話し合いの中で出てきたのが、私たちの「エクスペリエンスデザイン ネクストフュージョン」という話で。デジタルは今もやっていますけれど、AIやデジタルマーケティングなど、いろんな方向で強化していきたいと思っています。
そうすると、バーチャルであっても、グローバルであってもローカルであっても関係なく、どうやってリーダーシップを図っていくかというところが求められるんだなと。そういう組織づくりを考えるうえで「ストレングス オブ ウィークタイズ」という、とても良いキーワードをいただきました。
第一人者が見るこれからのビジネストレンドと
新しい「知」の領域への好奇心。
上平)ストレングス オブ ウィークタイズの話もそうですが、マーケティング、デザイン、サービスマネジメント、CX、あたりの話でいうと、これからどういうトレンドが来ると思われますか?
藤川)僕がいま一番マインドシェアしているのは、グローバルバーチャルチームスという取り組み方法です。それと、いわゆる「生成AI」が教育に与える影響とその生かし方です。
グローバルバーチャルチームスというのは、GNAM(グローバル・ネットワーク・オブ・アドバンスド・マネージャー)という取り組みがありまして。基本的には1国1校で、世界中にある32のビジネススクールがネットワークを組んでいるんです。そこでの授業の柱のひとつが、グローバルバーチャルチームスで。一度も対面で会う機会がない環境において、いかに信頼関係を築くか?リーダーシップを発揮するか?っていう授業でもあり、僕自身のリサーチプロジェクトでもあります。授業のはじめには、スクール、つまり国が違う5~6人がチームになってチームビルディングをしていきます。次に他のチームと連絡を取り合って、ネゴシエーションのエクササイズをする。こちらはメーカーで、あちらはサービス会社というような。
ネゴシエーションの結果によってチームの評価がどうなるかに加えて、チームの中でもそれぞれ立場を変えているので、その交渉が成立したからといって、全員が嬉しいとは限らない利害対立をデザインしています。CEOはすごく喜んでいるんだけれども、CFOはとんでもないディールだと思っているとかね。そういうことは実際によくあります。それぞれが共有している部分もあるんだけれども、自分しか知らない部分というのがある。その中で、結果によってあなたの成績がこうやって決まってきます、という感じです。
上平)面白いですね!
藤川)さらに去年からのパイロットテストでは、ミーティングも交渉も全て共通のプラットフォーム上で行なっています。MSTeamsとか、ZOOMとSLACKのコンビネーションとか。そうすると、毎回800人ぐらい参加するんですけど、その一部始終を全部データでトレースできるんですよね。つまり、無意識で相手に与えている印象を可視化していくことができるんです。誰が最もしゃべっているかとか、誰のアイコンタクトが一番ちゃんとできているかとかって、言われてみないと分からないことだから。それをフィードバックすることに取り組んでいます。
上平)すごい。ものすごく進んでますね。
藤川)それを個別にカスタマイズしてあげて、ゆくゆくは企業でも使えるようにしたいですね。自分の「グローバルバーチャルスコア」みたいの出して、去年は6.2だったのが、今年は7.9になりました!みたいな使い方ができるといいなと。
上平)大きなビジネスになりそうですね。
ではもうひとつの、生成AIが教育に与える影響というのは、どういったことですか?
藤川)Chat GPTをはじめとするジェネレーティブAIを、禁止するんじゃなくてむしろ奨励していくには、どんな授業デザインにすればいいか?っていうことです。
Chat GPTって大規模大量言語モデルなわけですけど、「この言葉の次にどの言葉が来る確率が最も高くなるのか」ということを推測しながら文章を書いている訳ですね。文章の意味を理解して書いているわけではなくて、その計算をずっとやっていて、膨大な量をこなすことでクオリティがどんどん高くなっていく。でもそれって、考え方によっては、Chat GPTとかジェネレーティブAIが学習して知っていること=人間がそれまでに見出している「知」ですよね。
これまでのいろいろな定性的なユーザーリサーチの取り組みは、ヒューマンの持っている無意識の世界に、いかに入っていけるかっていう挑戦でした。エスノグラフィーは我々が無意識のうちにとっている行動をつぶさに捉えることによって、その背景にあるインサイトを紡ぎ出していく。ZMETはデプスインタビューでメタファーやイメージの力を借りて、本当の想いに近づいていく。
一方でAIの世界っていうのは、圧倒的な量で定性的なユーザーリサーチに近づいていく手法なのかもしれなくて。元はヒューマンが創り出したものを学んで生成しているわけですよね。では、そこから生まれたものは何なのか?もしかすると、人もAIも見ているその先は同じかもしれないなと思っていて、すごく興味があるんですよ。
上平)確かにそう考えると、とても興味深いです。大伸社としても、AIへの造詣を深めたうえで新しいアクションを考えていきたいなと思っています。
それに、若い世代たちの方が正しく世界を捉えているんですよね。先ほどのウィークタイズだとか、AIについての世界も観えている。それを突きつけられているマネージャーというか、私たちの世代が、正しく判断できるかどうか…。
藤川)今までの知見を持っている僕らの世代とか、さらに古い世代の人たちがいかにそれを邪魔しないかっていうね。
自分たちの親が思っていたことが、自分たちの世界で正しくなかったように、僕らがいま正しいと思っていることが、彼ら、彼女たちの未来において正しいわけはないですから。
上平)これからの時代は若い世代に任せていきたいなと思っています。だから早く、企業としての持続可能な成長を描きながら、次の世代にどう渡していくかを考えていかないと。
藤川)わかります。僕らの学生も平均年齢が30歳なので、今起きていることの本質って彼らの方が原体験で捉えているはずなんですよね。どうやって使ったらいいだろう?みたいな話はすっかり超えているはずだから、むしろ、どうやって活かしていくかっていうことを学べる場所にならないといけないんです。
とくに大伸社さんは分野的にも、その世代に任せておいた方がうまく行く分野ですよね。
上平)そうなんです。あぁ、この2時間も共鳴の大切さを実感しています。お話していてとても楽しいです。
藤川)楽しいですよね。たぶん、ずっとお話しできますね。